CHOCOのNYを生き抜くアーティスト対談/巫女ラッパーMC MYSTIE(ミスティ)

Info-Fresh09/27/2018

NYで活躍する実力派トップアーティスト対談シリーズProfile 7: シンガー/巫女ラッパーMC MYSTIE(ミスティ): (以下MYSTIE)

CHOCOMYSTIE(ミスティ)さんは13歳でヒップホップと出会い、ジャズやネオソウルといった黒人音楽をベースに、シンガーだけではなくラッパーやトラックメーカーとして活動し、その後は日本最古の祝詞である倭禮音*(やまとのりと)を融合したパフォーマンススタイルを構築され、四柱神社神道祭、諏訪大社御柱祭にて開式の奉納演奏も務められたり「唯一無二の巫女ラッパー」と伺いました。

もうこの情報だけでも頭の中が飽和してしまって(笑)。どのようにして、これほどユニークな活動分野につながったのでしょうか?

MYSTIE一言では説明しがたいものですが、15歳で渡米し、米国で永住権を取って15年住んだあと、白血病になり治療に専念するため2005年に一度日本へ帰国しました。これが本当に大きな転機であったと思います。

闘病中、子供ポップスユニット”ゆくりりっく”として活動を再開しました。苦しい時期を切り抜けながら、アースデイ東京、フジロック出演、松本芸術館主ホールでのワンマンコンサートを実現でき、またCM曲や高等学校校歌の作曲もする傍ら、完治後2016年にはレゲエのソングコンテスト”Bob Marley Song’s Day”に挑戦して。晴れて優勝することができ、ジャマイカにてレゲエ界の重鎮アール・チナ・スミス氏プロデュースの平和を願う曲“Mighty”をリリースしました。同時に、2016年から自分のスタジオ“ViVstudio”にて多数のアーティストをフィーチャーしたソロプロジェクト“45RPM”を進行しています。

ジャマイカにて、Earl CHINNA Smith氏と楽曲制作(写真左より2番目)

CHOCO:大変な時期を過ごされたのですね。完治され、活動もぶじに再開されたとのこと、本当に良かったです。最近では特にどんな活動が多いですか? MYSTIE:渡米してからは主に黒人音楽中心でしたが、現在では日本の素晴らしさを海外に伝えたく、邦楽や禮音(のりと)を世界の音楽とコラボさせたプロジェクトを進行しています。それと並行して、日本人の細胞の根底にある日本人らしさを象徴する「縄文時代」の意識や知恵に触れてもらえる場を作りたく、縄文女子会合というイベントを主催しています。

CHOCO縄文時代と音楽...こちらは今回ニューヨークでのイベント(詳細後述)でのキーワードですが、これはハテナマークが飛び交う方が多いでしょうね。

MYSTIE縄文女子と言いましたが、もちろん男性もいますよ。女子という言葉は合わせると「好」きという漢字になりますね。つまり「縄文」好きな人が集まる会です。
今回イベントでご一緒する、日本を代表する女性ラッパーとして唯一文化的貢献をされている COMA-CHI(こまち)さんが「縄文」というキーワードを発したことがきっかけでした。去年リリースした彼女の5年ぶりのフルアルバム「JOMON GREEN」やお互いの作品内で倭禮音(やまとのりと)、つまり倭(やまと)の言葉でラップしたことで、どんどん意識が高まって行って。

女性ラッパーCOMA-CHI

そして、もうひとつのグループRABIRABI(ラビラビ)さんは、プリミティブ(太古)を生音楽で表現する縄文トランスバンド。

以前、長野県松本市でのアースデイイベントに私が出演する予定だったんですが、白血病の治療中で体調不良に見舞われたところ、ピンチヒッターとしてご出演下さったのがRABIRABIさんで。

お互い存在は知っていたので、もうこれは出逢うべくして出逢った運命でしたね。


私の「巫女ラッパー」という肩書は、ラビラビさんが名付け親なんです。彼女達の作品”Sign of Love”にて世界初の禮音(のりと)を収録した際に頂きました。

CHOCOなるほど、音楽というのは誰もが分かるカテゴリーですが、縄文時代、とは...なぜ縄文時代にこだわるのでしょう?

MYSTIE縄文時代は戦争や犯罪がなかった時代と言われています。もちろん多少の争いはあったのでしょうが、生きて行く上で必要なもの、それは自然界という神=母なる太陽(火)、父なる海(水)によって十分豊富に与えられていて、他の何も必要がなかった。愛により人が生まれ、愛だけで人が生きて行けた時代なのです。

CHOCOもうここまでのお話しで、まるで宇宙を一周して来たような気分になりました。
私もブラックミュージックからキャリアをスタートし、ジャズの音大でしたので、米国での音楽のルーツなどは本当に共感できるのですが、縄文時代に辿り着くとは。学校の歴史の時間に聞いた以来かも知れません。日本人であるのに、なかなかピンと来ないのですが。

MYSTIEそれは、学校の教科書内だけでは日本の伝統文化を伝承して行くことが難しく、かなり簡略化されて来たことですので、仕方ないかも知れません。ですが、日本人としての血が割愛されて来たことでもあって。とても残念なことです。私たちは、そういう部分を正しく受け継いで行くために活動しているのだと思います。

CHOCOそれはある種の宗教観念にもなるのでしょうか。私は京都出身で、神社もお寺も多い中で育ったのですがかなり疎い方で。しかも母が宮城県にあるお寺の長女で、私もそこで生まれたのに、母も私も実は無宗教だったりします。

MYSTIE私は、実は京都生まれなんです。父は九州人でしたが。そうですね、キリスト、マヤ、イスラム、アラーなどの神も全て「愛」に関しては共通です。本当は、宗教は関係ないんです。私も巫女という立場ではありますが、無宗教なんですよ(笑)。

巫女としての活動

CHOCOえ、京都生まれですか?なんだかすごい共通のキーワードが(笑)

MYSTIE本当に大切なことは、時代、性別、年齢、国境、無関係に全ての生き物に共通しています。それって、実は難しいことじゃないんですよ!私たちも説教じみたことは好きじゃなくて。戦争や原発...世の中に巻き起こっている問題も、本当はそれぞれに愛が十分にあれば、何が正しいのか見えてくるはずのこと。”We have everything”(全ては我々の手にある)を理解してさえいれば。

CHOCO「愛は地球を救う」ってなんだか空想の世界の言葉みたいですが、事実ですよね。目に見えないものの力の方がどれだけ大きいか。

MYSTIE:いつも伝えたいと思っていることは、”You are the only gift given to the earth”(あなたは地球に贈られた唯一の宝物)ということ。どんな見た目で、どんな過去を持つ、どんな境遇の人であっても、祝福されるべき存在。それに気付いてもらいたくて、私は祝詞をあげています。

何の宗教でどの神様だかは、そこには関係ないんです。どうか難しく考えないで聴いて頂きたいですね。

アーティスト神田さおり氏とのコラボ作品「昊sora」のPV作成時 ユニット名Ayerとして参加(写真前列中央右)

CHOCOなるほど、それを伝えるために音楽をやってらっしゃるのですね。これまでもずっとブレずに、強い意志を持って生きて来られのだとお見受けします。

MYSTIEいえ、私の人生は途中で消えていたも同然のもので。複雑な家庭環境で、幼少期から「生まれて来なければ良かったのに」と虐待のような言葉を浴びせかけられて育ちました。自分もそう思いこみ、何度も手首を切り首を吊ろうと試みて。

CHOCOえ...?!

MYSTIE:幼少期や学生の頃は死んだように生きていたかも知れません。全ての世界が歪んでいました。

音楽と出逢って救われ、15歳からフィラデルフィアで10年、カリフォルニアのロングビーチで5年過ごしました。そんな折りだった15年前に、先ほどお話しした白血病を患い、余命1年7ヶ月と宣告されて。


高校生のとき、ボストンのバークリー音楽大学のサマースクールにて(写真中央)

治療に専念するため日本へ帰国し、様々な治療法を模索していたとき出会った精神学を伴う漢医薬の先生に「自己肯定できない人がこの病に罹りやすい」と言われ、ハッとしました。これはまさに、ずっと後ろ向きに生きて来た自分の現れだと。

ちょうど死にたいと思っていたときに、ブルックリンでホールドアップされたこともありました。その瞬間「私が死ねばこれで周りのみんなが幸せになるのかなぁ」なんて考えるんですよね、死にたい人って。でも、運命がそうさせたのか、結果的には死ねなくて。

何度も死のうと思っていましたが、死をまさに突きつけられて。死が見えると、不思議と生が見え始めた。そこで、私にとっては死ぬことって生きるより難しいんだ、って気付き始めたんですよ。

辛くても音楽が支えてくれていた。大学時代所属していたヴォーカルグループのツアーにて(写真2列目左)

その頃からでしょうか。「生きる」って自分が決めれば死なないんだ、って理解し始めたのは。
そこから、生まれて来た責任を自分で取ろうと思いました。人は、誰しも母親のお腹から産道を通り、骨盤をこじ開けて、一世一代の命を運んで生まれて来ます。その時点で、この世で命が経験する最も大きな痛みを越えているんです。

生まれるということは、奇跡を起こしているということ。そして、この痛みを超える事は人生にはありません。

私自身は、抗がん剤治療により子供を産むことは諦めましたが、地球の子供達はみんな自分の子供の様に思っています。この地球を選んで生まれたあなたも私もこの星の賜物。それに気付いたとき、自分が生まれ直したのを感じました。

私は、自分が持つ音楽というアートを通して、命を祝福するために祝詞をあげているんだと腑に落ちたんです。なので180歳まで生きて活動を続けようと思います。

CHOCO衝撃です。もはや言葉や文面だけでは伝えきれませんよね。

MYSTIEもちろんです。だから音楽で伝えて行きたいです。

CHOCO人々を支え、救って行くお仕事だと思うのですが、例えばご自身が疲労し衰弱するときもあると思います。どのようにして回復されていますか?


MYSTIE自分のチューニングが必要なときですね。

まずは、やはり神社に行きます。
鳥居から参道を歩き、社で私たちが向き合う“神”の姿は、自分を映す“鏡”であると言われています。“かがみ”は火・我・水とも表すことができ、神は火・水、つまりは共につがえると消しあってしまうもの。そして神(火・水)の間にあるのは我、つまり自分という存在があることで、初めて「火と水」との調和が成り立ちます。その調和を保つ“我”という尊い自分と向き合い、「二礼二拍手一礼」を用いて穢れを祓い、清め、生まれ変わった自分は、宮(子宮)から、参道(産道)を通り、鳥居(骨盤)を通って、この世に生まれ直す。
まさに出産です。今を生きるために生まれて来た自分、今の自分であるということを受け入れ、見つめ直す機会です。

その次に瞑想もします。多くの方は、ことあるごとに外に答えを求めようとします。
占いに頼ったり、開運グッズを買ったり。生まれているということは、すでに開運しているんですよ。あなたという奇跡はもう生まれている。全部自分の中に答えはそろっている。それを確認し直すために、自分の内側をのぞくこと。それが瞑想です。

そして3つ目は、やはり禮音(のりと)をあげます。詩を書き、ラップをし、うたを歌い、祈りを込めて音を奏上する。辛いことがあっても、これで大体自分を取り戻すことができます。

CHOCO経験、思想、そして願い。ご自身の全てが生きた音楽に凝縮されて行くのですね。とても共感できます。それでは最後の質問なのですが、このコーナーのタイトルでもある「10年後のあなた」はどのような活動をされていますか?



MYSTIE何年後かは分かりませんが、グラミー賞を取るつもりでいます!世界でひとつしかない、自分にしか出来ないジャンルの音楽という魔法で、自分の目の前にいる人たちを世界一幸せにしたい。音楽を通して、音楽に関係ない人たちにどんどん出会って行きたいです。

竹内朋康バンドツアー”COSMOS” ENCOREなど数々のショウにゲスト出演

CHOCO今この場で私が受け取った波動を、ぜひ今回のイベントで周りの方々にも生の音楽として受け取って頂きたいですね!
本日はありがとうございました。

MYSTIEありがとうございました。皆さんにお会いできるのをとても楽しみにしています!


*倭禮音(やまとのりと):日本最古の祝詞。日本語の原型であるとされているカタカムナや太占の原型。

★☆★イベント情報★☆★

2019年11/17(日)
ACE 音楽スタジオ主催:「縄文女子会合」ミュージックコンファレンスinニューヨーク

https://www.facebook.com/events/536686387115406/

時間:午後4:30分 開場、午後5時 開演

会場:CRS (Center for Remembering & Sharing)
住所:123 4 th 2階 “スタジオ” ニューヨークNY 10003


参加費:無料(予約推奨)ご予約は info@acemusicstudio.com まで。

MC MYSTIE

13歳でHip-Hopの洗礼を受け、15歳で渡米。本場で培った黒人音楽をルーツに幅広く活動し本気でグラミー受賞を目指す。
2005年白血病を患い、闘病中も様々なコンサートに出演 。また作曲家としてCMソングや松本国際高等学校の校歌を手がけ、四柱神社神道祭、諏訪大社御柱祭にて開式の奉納演奏も務める。
2016年レゲエのソングコンテスト“Bob Marley Song’s Day”で優勝を果たしレゲエ界の重鎮アール・チナ・スミス氏プロデュース“Mighty”をリリース。音源バトル“MIC WARS”初代優勝者。2016年より自己のスタジオ“ViVstudio”にて多数のアーティストをフィーチャーしたソロプロジェクト“45RPM”を進行中

http://mystie.world





「昊sora


【動画② 】

さまよう水


「昊sora」

さまよう水

吉岡ちょこ (CHOCO YOSHIOKA)
シンガーソングライター

ACE音楽スタジオ代表

http://acemusicstudio.com

高校時代ソロシンガーとして京都を中心に関西地区のステージに立ち音楽留学のため90年代後半に渡米。ボストンのバークリー音楽大学にて作曲&パフォーマンス過程を終了・卒業後2003年にニューヨークへ移住しACE Talent Show vol.1~vol.3など数々のパフォーマンスイベントをプロデュース。2012年より音楽スタジオを運営する傍ら、現地公立学校で音楽講師として勤務。2016年から毎年オリジナル曲を元にした短編オリジナルミュージカルを制作し出演。

現在来年リリース予定のEPをニューヨークとマレーシアで レコーディング中。

NYを生きるアーティストに焦点を当てたALIVEパフォーマンスショウvol.1~vol.4総合プロデューサー 。一男二女の母。






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