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充実しているニューヨークの総合情報サイト。
双葉社
著者:
2007年映画公開!
日本でも好評発売中!
夕凪の街は、1955年(昭和30年)の広島市の基町にあった原爆スラム("夕凪の街")を舞台にして、被爆して生き延びた女性の10年後の心の移ろう姿を描く。
戦争とは、原爆とは何だったのか? 渾身の問題作。
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文春文庫
著者: 高嶋哲夫
2007年11月23日より全国松竹系にて公開
極寒の冬の北アルプス上空で、一機の米軍の戦略爆撃機が忽然と姿を消す。通称“ミッドナイトイーグル”と呼ばれるその機体には、爆発すれば日本全土に深刻な被害をあたえるとされる特殊爆弾が搭載されていた。緊急招集され機体回収へと向った自衛隊の特殊部隊は、山中にて敵国工作員の激しい妨害を受ける。飛び交う銃弾、響き渡る怒号・・・戦後62年、日本のど真ん中で「戦争」が始まろうとしている。かつて戦場カメラマンとして世界中の戦場を駆けめぐった西崎優ニはその日、運悪く北アルプスで撮影をしている最中、兵士たちの戦いに巻き込まれる。この国を襲う危機を知り、西崎は「戦場」へとカメラを向けるが・・・。
「特殊爆弾」の起爆まで、残り二時間半。かつてない危機に瀕した、この国の運命は――。
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中央経済社
著者:
アメリカで足掛2年働いた人の、必携本!!手続きの注意点や様式への記入例をわかりやすく解説した、「あなたももらえるアメリカの年金」第2弾!
日米社会保障協定であなたももらえる!アメリカの年金の手続き編。
アメリカの年金がいつまでももらえない、年金が少なくなったというトラブルを防ぐために、手続きの注意点や様式への記入例をわかりやすく解説する。
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竹書房
出版日:2/7, 2006
著者: 鈴木智草&石川さとる
旅に,観光と放浪の2種類があるとしたら,この本は,放浪のためのガイドと言えるかもしれません。沢木耕太郎の「深夜特急」は,20代後半の「僕」(沢木耕太郎)がユーラシアを放浪した記録でした。「深夜特急」を読んで,どれほど多くの若者が旅立っていったことでしょう。どこかの名所を点々とする観光ではなく,移動することで地図に線を描きながら,自分を見つめる,そんな旅でした。
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株式会社アスペクト
出版日:11/24, 2005
著者: 谷本ヨーコ
<font size="2">初めのページをめくると、ニューヨークのジュエリーショップのマダムが温かく出迎えてくれる。それから、ゆっくり、お店の奥に向かって歩いていくようにページを紐解く。そして、次の扉を開けると、ヴィンテージ・クローズの店主が、それから、違うドアの向こうでは、本屋のオーナーが待っている。</font>
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A-Works NY.INC
出版日:3/20, 2006
著者: 高橋歩
<div>結婚式の3日後、「ドラゴンボールが7つ揃ったら何がしたい ?」という質問に、 「歩と一緒に世界一周したいな」と答えた愛妻、サヤカさんの一言で始まった2年間に及ぶグレートジャーニー。</div>
<div> </div>
<div>本書「Love & Free」は、「人生の最終目標は、サヤカのヒーローであり続けること」と言い切る、世界一ロマンチストで熱い男、高橋歩とサヤカさんの世界放浪記。</div>
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No.222 2008年 8月16日
光と影が渦巻く80年代のNY
Books
ファッション・ジャーナリスト
伊藤 操さん
今年のニューヨークコレクションは80年代の影響が色濃かったという意見があるように、いま80年代のファッションや音楽が再び注目されている。この時代を知っている人たちは、何を思い起こしているのだろうか。
ニューヨークのファッション界では、アン・クラインやダナ・キャランらが、働く女性の社会進出を意識したラインでブランドイメージを確立、1981年にはMTVの放送が開始し、音楽がビジュアル化され、マドンナやシンディ・ローパーなどアーティストたちがこの時代のファッションアイコンになった。
様々な話題を呼んだこの時代のニューヨークのファッションシーンに、ジャーナリストとして足を踏み入れたのが、『私をみつけて』(ラクジュアリー・メディア)の主人公の夕子だ。セレブたちが織りなす華やかな世界の裏では、エイズ、成功のための金がまん延する。物質的に満ち足りた生活のなかの孤独感、愛する人を失う孤独感、自分では事態を変える事ができない無力感から、人びとは「コールミー。私を忘れないで」と愛を求めていた。
ドラッグ、セックス、ニューヨークの裏社会を題材にした日本人作家の話題小説は数あるが、ファッション業界を舞台に、その裏側をもリスペクトを込めて描かれているのは、その世界の一線を彼らともに過ごした著者ならではの愛情表現なのかもしれない。
伊藤操さんは、日本版「ハーパーズ・バザー」の編集長を務める前までは、1982年から19年間ニューヨークで暮らし、数少ない日本人ファッション・ジャーナリストとして活躍した。日本の新聞や雑誌に寄稿したインタビュー記事はすべて英語に翻訳して関係者に送り、日本にビジネスを広げることに関心を持つデザイナーたちには日本マーケット事情を提供することで信頼を得、ニューヨークのファッション業界において日本メディアの存在を築いたといっても過言ではない。
ショーの会場では最前列に座る念願を果たし、ラルフ・ローレンなど有名デザイナーたちとの交友を持つ一方で、モデルのティナ・チャウを含む友人たちがエイズに倒れていった。「影」があるからこそ「光」の恵みを感謝することができた時代。「最近のニューヨークは安全、きれいになったから、いまの人たちは『影』の部分を知らなくて残念ね」と伊藤さんは語る。「でも、日本人はこの街の格差社会を見て、自分には何ができるかを考えるべき。多様な可能性の中から、きっと自分を見出すことができる」。 (都)
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No.221 2008年 8月 9日
BOOKSTORE
Books
知らない本や本屋を捜したり読んだり植草甚一が生きていたら小躍りして喜ぶNYのブックストアばかりを紹介 —❻
The Drama Book Shop
250 West 40th Street
New York, NY10018
TEL: 212-944-0595
www.dramabookshop.com
演劇の専門書店
1917年創業、シアター・ディストリクトにあるニューヨーク市内唯一の演劇関係の専門書店、「ドラマ・ブック・ショップ」。台本を始め、発声法から俳優の伝記、監督の仕方、演劇批評に舞台演出の本まで8万冊もの書籍が並ぶ。シェイクスピアの台本も12種類の異なった版を取り揃え、幅広いセレクションだ。当初は劇場内で本を販売するとても小さいスペースだったが、好評を博し、晴れて演劇専門書店になったとか。
地下には約70人収容の劇場があり、毎週土曜日には劇が行われている。普段は演劇関係のリハーサル会場として様々な団体に使用されている。
「たくさんの演劇に関する書籍を提供しながら、パフォーミング・アーツのコミュニティに貢献していきたい」と話すのはマネージャーのマシュー・ラブさん。主な客層は若い俳優、演劇の先生、舞台のセット・デザイナーや舞台監督、演劇ファン。同店を訪れた客同士が情報交換して演劇の交友を深めることも多々あるとか。最近は演劇のガイドブックも多く出版されているので、ブロードウェイにお芝居やミュージカルに行く前に予習する人もよく訪れるそう。
「映画産業が発展し、閉鎖する劇場も増え、やや後退する傾向にあると言われている演劇界。それでも世界的なショーの公演も増え、まだまだ演劇は盛り上がっている」と胸を張るラブ氏。舞台に上がる日を夢見る俳優志望の若者が多いニューヨーク。そんな町の「ドラマ」を提供する貴重な場所だ。
(長谷川安曇、写真も)
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No.221 2008年 8月 9日
無意識の世界、日記で描写 画家 栗州 美会子さん
Books
サブタイトルに「心を病んだある女性の無意識への旅」とあるように、本書は、ニューヨークで画家、妻、母として暮らす栗州さんの魂の記録である。
「狂気はわたしに無意識への扉を開けたのです。わたしの場合は自ら進んでそのような体験をしようとしたのではなく、まったく突然、連れていかれたのです」。小学生の息子を学校へ送っていく車中、突然の狂気に襲われた1992年の晩秋から本書は始まる。彼女はその後の10年間セラピーを受けたが、その間毎日のように無意識の世界のイメージを日記に書き続けた。
イメージは「竜の物語」としてファンタジーに昇華し、幻想的な美しさで進行する。同時にセラピー現場で起こったことが語られ、トラウマの発端となった幼少期の虐待のことや長年の神経症状についてなど、狂気へいたる因果関係が明らかになっていく。そして最後にはトラウマの原因となった父親との和解を経て、再生していく姿が感動的に描かれる。
本書出版の動機を栗州さんは次のように語る。
「わたしは16歳のときすでに竜の物語を書くことを決めていたのです。でもそれは深い無意識の海に沈んでいて、10代の頃の日記を改めて読み返すまでまったく忘れていたのです。わたしには精神の病になる明確なトラウマがありますが、今でも狂気に襲われた原因は、16歳のときに下書きを書き、物語を完成すると心に決めたことを思い出させるためではなかったかと思っています。つまり、無意識とはそれほどにも強いということです。そしてわたしたちは普段気がつきませんが、行動や考え方をほんとうに動かしているのは、無意識による力が大きいと思います。わたしは長年苦しく生きてきましたが、この10年間の体験を通して自己が統合されたと感じます。無意識の深みにまで降りていく体験をすると、世界全体を広く見る目、人間について深く知る目ができたように思います(この場合の世界は政治的、社会的な現実世界という意味ではない)。ひとりでも多くの、精神の悩みを抱えて生きている方に読んでいただき、苦しみから救われる道しるべのひとつになれば、こんな幸せなことはありません」。
臨床心理学や心理療法などの本は、その道の専門家によって多く出版されているが、患者自身によって書かれたものは極めて少ない。処女作でありながら、舌を巻くほどの筆力。精神医学博士の老松克博氏は本書解説において「貴重な経験を一つの芸術の域にまで高められたかたちで目にできる幸運に心から感謝したい」と賛辞を寄せている。
(麻)
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No.219 2008年 7月26日
アジア的価値観を越えて
Books
BREAKING THE BAMBOO CEILING を翻訳した名子 知子さん
アジア出身者がアメリカ企業で成功するためには、文化の違いを乗り越える必要がある—。本書『アジア出身者が成功するための外資系企業就職・昇進ストラテジー』は、引っ込み思案な日本人でも実践できるストラテジーを紹介し、外資系企業への就職を目指す大学生から国際ビジネスでの成功を目指す社会人までを対象に応援する本だ。英語の原題は『ブレーキング・バンブーシーリング』。エグゼクティブコーチ、コンサルタント会社ヒャン・アンド・アソシエーツ社長のジェーン・ヒャンの著書。日本語に翻訳したニューヨーク在住のフリーランスライター、名子知子さんに、同書の読み所などを聞いた。
「アメリカ企業で働いていると、どんなに良い大学を出ていても、弁護士や公認会計士の資格を持っていても、なぜか、地味な仕事ばかりを押し付けられてしまうことがよくあるんですよ。自分の性格に起因しているものなのかなって諦めていたら、実はアメリカ人と全く感性が変わらないと思っているアジア系の2世や3世の多くもまた同じような思いを抱いていることが少なくないということが分かったんです」。
それは、自分の性格のせいではなく、背負っている文化のせいであると名子さんは言う。年長者を敬う儒教思想、おくゆかしさ、波風をたてない、恥をかかない、かけない、そして黙って頑張ってやっていればいつか誰かが認めてくれる—といったアジア的な価値観や社会のメカニズムは、残念ながら「欧米社会にはない」という歴然たる事実をまず認識すべきであると同書は指摘する。
主流派欧米人の価値観とアジア人の価値観はかなり対極に近い。「自主性とカジュアル」=「自制心と規律」、「権威に意義を唱えてもよい」=「権威に服従」、「個人の業績を奨励」=「謙虚さ」、「個人主義的強烈なリーダーシップ」=「集団で意志決定」といった具合だ。
企業社会の中で自己をうまくPRすることができないジレンマに陥っているのは日本人だけではなく、東洋人としての文化を背負っているアジア人共通のジレンマとも言える。日本人なり、韓国人なり、中国人なり、その国で生まれ育ち、成人にまでなった人物が、後天的な学習と体験を通して、欧米人の中で違和感なく仕事をして出世していくためには、また自己の中のアジア度をどう理解し、何をどう変えていけばよいのかを同書は現実的に解説する。自分の天職をみつけ、そこで成功するには、その目指した世界で理想とする人物をメンターとして心に留め、その存在にいかに近付けるか努力するという自己イメージコントロールに大きなカギがあるようだ。自分というブランドをどう築くのかということでもある。 (三)
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No.218 2008年 7月19日
移民が作るNYの多様な食文化
Books
『ニューヨークは美味しい!』著者
田村 明子さん
角川書店からこのほど『ニューヨークは美味しい!』が出版された。ニューヨーク在住の著者、田村明子さんにこの本執筆の動機などを記してもらった。
◇
1980年にニューヨークに移り住んですぐ、この街の懐の深さに虜となった。虜となったのは、私の心だけではなく、舌も胃袋もである。門外不出レシピのユダヤ人街のピクルス、「世界一美味しい」と常連が絶賛するリトルイタリーのジェノワ・サラミ、皮がさっくり揚がったハーレムのフライドチキン、ドイツ移民のレシピで作られた喉ごしのいいブルックリンのビール。こうしたものが、お手ごろ価格で気軽に手に入るニューヨークは、ある意味で世界一食文化の豊かな都ではないかと思う。
美味しいものが揃っている都市ならパリがある。国際色なら近頃の東京も負けていない。でもニューヨークが特別な理由は、食文化の裏に必ずこの街を作ってきた移民たちのストーリーがついていることだ。この街の食の多様性は、ニューヨーカーの歴史そのものといっても過言ではない。
こうした豊かな食文化を通して、ニューヨークという街を描いてみたい。そんな思いが、拙著「ニューヨークは美味しい!」を書くきっかけとなった。
単なる店の紹介だけでなく、アメリカ、ニューヨークの食に関するエピソードを盛り込んで読み物として楽しいものにしたいと願ってまとめた。目指すは林望氏の「イギリスはおいしい」のように、読み応えがあり面白い本。タイトルはそういう願いをこめて失敬させていただいた。
1年以上の年月をかけて他の仕事と並行させながらのんびりと執筆したが、苦労したところといえば写真の撮影だろうか。これまでも一眼のデジカメで自分で取材写真を撮ることもあったが、光量の足りない屋内で料理写真を美味しそうに撮ることの難しさを痛感した。表紙は、編集者と相談して一目でニューヨークとわかる食べ物の写真にしようと決めた。セントラルパークで撮影をしたものだが、これは我ながら気に入っている。
一般のお客として食べ歩きをしながらゲリラ取材をした場所もあれば、ブルックリン・ブルワリーやレストラン「秋」のように、きちんと取材を申請して協力していただいたところもある。一冊の本の中で屋台フードから最高級フレンチまで取り上げたけれど、この雑多さ、多様さこそがニューヨークの美味しさであり、楽しさであると思っている。 (田村明子)
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No.216 2008年 7月 5日
真情込めた仕事で売り上げ1位
Books
コーコラン・グループ副社長
鈴木 かつ子さん
ニューヨークの高級住宅やホテル、ビルの売買を仲介する大手不動産会社、コーコラン・グループの日本人女性セールスウーマン、鈴木かつ子さん(81)は、現在、同社の副社長。このほど、ビジネス社から『I can do it! 60歳なんて怖くない』を出版した。生き馬の目を抜くマンハッタンの不動産ビジネス。81歳で現役バリバリのビジネスウーマンとして活躍するその秘訣は何か—。
同書によると、鈴木さんは熊本県八代市出身。20代で東京に出て、昼は服飾デザイン学校で学び、夜は立川市の米軍近くのバーで働き、稼ぎを資本にして米軍兵士用の賃貸住宅を建てた。29歳で米国人と結婚後来米したが離婚、ニューヨークで日本人男性と再婚して洋装店を経営、これも暴動で店が壊されたりと決して平坦な人生の道のりではなかった。その逆境のたびに彼女を支えたのは「I can do it,私はできる」という自信だった。
立川での不動産の経験を生かそうと学校に通って不動産取引きの免許を取って米国で不動産の世界に入ったのはなんと60歳を過ぎてから。面接日に、路上で売っていたインディオの毛布を衝動買いしてから「あ、しまったこれから面接だった」と気がつき、毛布を抱えてコーコラン・グループの当時あったマジソン街640番地のビルを訪ね、エレベーターに乗った。背の高い白人女性から「18階?それなら私もよ。あなたより大きいから私が持ってあげるわ」と毛布を抱えてくれた。受け付けで事情を話すと「彼女は社長のバーバラ・コーコランです」。その時、この会社で何がなんでも働きたいと思ったという。面接で「英語を十分話せない、書けないのにどうやって働くつもり?」と聞かれ「大丈夫、アイ・キャン・ドゥー・イット。私を見ていてください」と八代なまりの英語で大きな声で答えたのを覚えている。
バブル期に自宅を抵当に入れてまで投資しようとする客には「今は買うべきではない」とアドバイス。その真情溢れる仕事ぶりがバブル崩壊後に鈴木さんをトップセールスに押し上げた。自宅の部屋には、バーバラ・コーコランからもらった大きな青いリボンが2つ、赤いリボンが2つ、黄色いリボンが7つ飾ってある。青はひと月の売り上げ社内ナンバーワン、赤は10棟以上、青は100万ドル以上の売り上げの表彰状なのだ。鈴木さんにとっては「一生の誉れ」。「ガッツと人からの感謝の気持ちを忘れず。私はね、根っからの肥後の女なんですよ」マジソン街の路上で、熱く優しい笑顔を見せた。 (三)
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